大相撲の元関脇寺尾で、17日に60歳で亡くなった錣山親方(本名・福薗好文)が初めて育てた関取の立田川親方(42=元小結豊真将)が、年寄「錣山」に名跡を変更し、部屋を継承する意向を明かした。

正式には日本相撲協会の理事会の承認を得て決定するが、錣山親方夫人や部屋の力士らと話し合い、まとまったことを報道陣に発表。15年初場所限りで引退後、部屋付き親方として後輩力士を指導してきた立田川親方は「師匠の指導、教えてもらったことを、今いる弟子たちに伝えていきたい」と力説した。

11月の九州場所前に、同場所を休場した錣山親方から電話で、事実上の後継者指名を受けていた。電話できる状態まで回復した際に「洋介(本名山本洋介)、部屋のことを頼むな」と告げられたと、声を詰まらせながら明かした。それが最後に交わした会話だった。

熱い人であったと述懐した。「新弟子検査で同期生が80人ぐらいいて、僕は不安だった。師匠は『お前は今、この80人で一番弱いかもしれない。でもオレと2人で、みんな抜かして一番上に立とう』と言ってくれたのが、すごく印象に残っている」と、また声を震わせた。師匠譲りの真っ向勝負を貫き、初日から14連敗しながら、千秋楽に初白星を挙げて2人で涙したこともある。気持ちで逃げて立ち合い変化など、目先の1勝を求めなかった弟子を、師匠が手放しで褒めてくれたことは忘れられない。

「本当に最高の師匠だった。相撲に対する情熱を教えてもらった。感謝の気持ちしかない」。かじ取りは託された。新生錣山部屋は、25日の初場所(来年1月14日初日、東京・両国国技館)の番付発表後から、本格的にスタートを切る。