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Monday, May 4, 2020

エリザの部屋を追い出された3人は、部屋の中からの悲鳴を聞いて……。 小林泰三「未来からの脱出」#7-4 | 小林泰三「未来からの脱出」 | 「連載(本・小説)」 - カドブン

小林泰三「未来からの脱出」

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「何だ? これは? 車椅子が勝手に動いてるじゃないか!」サブロウが叫んだ。
「わたしが乗っ取ったんだよ」
「でも、この車椅子には外部端子なんか付いてないぞ!」
「そんなものは要らないのさ。電磁結合って知ってる?」
「こんなことができるのなら、さっさとAIを乗っ取ればいいのに」
「充分な機材とスタッフがいればね」
 ドアを開けて、ドックとミッチがサブロウを部屋の外に連れ出し、その場で車椅子を止めた。二人はその後、部屋に戻ろうとしたが、目の前でばたんとドアが閉じた。
「悪いけど、今日はもう話し合う気になれないの。みんな帰ってくれるかしら?」部屋の中からエリザの声がした。「これから職員さんに部屋の掃除をして貰うから」
「職員を部屋の中にいれるのは、あまり勧められない」ドックが忠告した。
「わたしは部屋の中に大事なものは置いてないから大丈夫よ」
 三人はしばらく無言でドアの前に立っていた。
「仕方がない。例の計画の話は俺の部屋ででも……」
 ドックが突然き込んだ。
 サブロウが背後を見ると、男性職員が掃除道具を持って近付いてきていた。ドックはこれを察知したのだろう。
 しかし、エリザが掃除を依頼して一分も経っていないだろうに、何とも素早い動きだ。
 職員が来たのなら、強制的に会議は終了せざるを得ない。エリザにしては強引な手法だったが、あのままだと、けんに発展してしまいそうだったので、これも仕方がないのかもしれない。
 職員は三人に未知の言語で何事かを呼び掛けた。
 猿芝居はやめろ、と言い掛けたが、今、事を荒立てても、問題を複雑にするだけだと我慢した。これでまた、三人が記憶を封印されたら、また数か月、計画が遅れることになる。
「ご苦労さんです」サブロウは作り笑いをした。
 職員も何か言いながら微笑んだ。そして、ドアをノックする。
 すぐにドアが開き、職員は部屋の中に入っていった。
 一瞬、エリザの顔が見えたが、表情までは読み取れなかった。
 職員が部屋に入ると、同時にサブロウは車椅子に取り付けられた装置をむしり取って、ミッチに投げた。
 ミッチは受け取って、ポケットにしまう。
「彼女、どういうつもりだろうか?」サブロウは二人に尋ねた。
「彼女の意見は彼女自身が言ったと思うが?」ドックは答えた。
「つまり、本当にこのまま何もしないつもりなのか? それとも、俺たちに何かを隠しているのか? どっちだと思う?」
「隠すって何をだ?」
「やつらに勝つための作戦だ」
「どうして、隠す必要がある?」
「彼女なりの考えだ。彼女は以前にも俺たちに隠れて突発的な行動をしたことがあるらしい」
「それは知らなかった。と言うか、思い出せていない」
 部屋の中から悲鳴が聞こえた。
「エリザ!!」サブロウはミッチの肩から鞄を引っ手繰ると、中からMF銃を取り出した。
「それを使っては、駄目だ!」ドックが叫んだ。
「エリザが危ないんだ!!」サブロウは車椅子を急発進し、ドアにぶつかった。
 ドアは開き、サブロウは部屋の中に姿を消した。
 サブロウの絶叫が聞こえた。
「まずい」ドックは自分の車椅子を発進した。
 二人が部屋に入ると、まず目に入ったのは、ぼうぜんとしているサブロウだった。そして、部屋の奥でサブロウとたいする職員、そして床に倒れているエリザだった。彼女の胸は大きくえぐれて、背中まで貫通しているようだった。すさまじい出血は床の半分以上を覆い尽くそうとしていた。その目は見開かれ、生気は全くなかった。すでに死んでいるのは明らかに思われた。
 職員の右腕は肘までまみれで、床の上にぽたぽたと滴が垂れ続けていた。
「この野郎……」サブロウはわなわなと震え出し、MF銃を持ち上げた。
「やめろ、サブロウ。銃を使ってはいけない」
「こいつを許す訳にはいかない」サブロウは引き金に指を掛けた。
「わからないのか? そいつは大事な証人なんだ!」
「証人? いや、こいつは犯人だ!」
「そいつを撃ったら、君は破滅だ」
「エリザが死んだんだ。もう何もかも終わりだ!!」
「落ち着くんだ。そいつはただの機械だ。撃っても壊れるだけだ。罪を償わせることにはならない」
 サブロウは答えなかった。ただ、職員を狙いながら、はあはあと肩で息をしている。
 ドックはゆっくりと車椅子をサブロウに近付けた。
 職員はサブロウを見て微笑んだ。そして、血塗られた手を挙げて、からかうように左右に振った。
 MF銃が発射された。
 職員の胸の辺りで青白いスパークが発生した。同時に手足と頭が発火し、数秒後に破裂した。
 エリザの血の上に部品が散らばった。
 サブロウは無表情のままロボットの残骸を見下ろしていた。
 警報が鳴り響いた。
「まずいな」ドックが言った。「これは人間にも聞こえるように鳴らされている。人が集まってくるかもしれない」
「そんなにまずくはないだろ。サブロウはロボットを一体壊しただけだ」ミッチが言った。
「いや。サブロウに掛けられる容疑はそれではない」
 十人程の入居者が集まってきた。比較的元気で頭もはっきりしているメンバーだ。
「何があったの?」老婦人が尋ねた。
「たいしたことじゃない」ミッチが言った。「ちょっとしたいざこざだよ」
 老人の一人がエリザの部屋をのぞき込んだ。「ひっ! 人が死んでいる!」
 入居者たちが一斉にざわついた。
 ドックはこめかみを押さえた。
 男女二名の職員がやってきた。
「どうかされましたか?」女性職員は明確な日本語で話し掛けてきた。
「人殺しだ!」老人が答えた。動転して、職員が日本語を使っていることに気付いていないらしい。
「皆さん離れてください」女性職員が部屋の中に入っていった。
「目撃者の方はおられますか?」男性職員が入居者たちに呼び掛けた。
 ミッチが手を挙げた。「わたしはずっとこの部屋の前にいたよ」
「被害者が殺されるところを見ていましたか?」
「いいや。ただ悲鳴は聞こえたよ」
「そのとき、部屋の中にいたのは誰ですか?」
「彼女一人だった」
「最初に部屋に入ったのは?」
「それはサブロウさ」
 ドックは額を押さえた。
 女性職員は黙って部屋の中に入っていった
「ちょっと待ってくれ」ミッチは顔面そうはくになった。「サブロウを疑ってるんじゃないだろう?」
 部屋の中から女性職員が現れた。サブロウの手首をしっかりと握っていた。
「殺人の現行犯で彼を拘束します」
「何を言ってるんだ? ロボットを殺しても殺人罪なんかになる訳がないじゃないか」
「ミッチ、落ち着くんだ」ドックは彼女の肩に手を置いた。
「ロボットを殺した罪ではありません。彼に掛かっている嫌疑は、人間の女性の殺害です」

▶#8-1へつづく
◎第 7 回全文は「カドブンノベル」2020年5月号でお楽しみいただけます!



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May 05, 2020 at 05:08AM
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