
最近、ウエストがきつくなってきた。健康診断の結果も気になる。でも口の中に幸せを運んでくれる食べ物の誘惑には、どうしても勝てないのです──(「読者体験手記」より) * * * * * * * ◆長年控えていたクッキーに手が伸びて 「禁断の果実」とはよく言ったものだ。手にしてはいけないと思えば思うほどほしくなって、ますます燃える。人目を忍ぶ許されざる恋にも似て、その味は甘美で罪作り。そんな、道ならぬ恋よろしく魅せられ続けているのが、お菓子とお酒だ。 以前の私は、痩せの大食いではあるものの、ごはんやパンなどの主食にしか興味がなかった。若い頃からコレステロール値や糖尿病の指標となるヘモグロビンA1cの値が高かったこともあり、甘いお菓子やお酒の類は意識的に避けてきたのだ。 しかし、8年前に夫が55歳で早期退職してから悩まされ始めた「主人在宅ストレス症候群」で、イライラが高じてきてからは、健診の数値はむしろ悪化の一途を辿っている。「節制したって無駄じゃない?」。悶々とした不満だけがくすぶり始めていた。 とにかく家事が面倒くさい。特に食事の後片づけがたまらなく嫌になる。専業主婦ならやるのが当たり前とばかりに、手伝い一つしようとしない夫や2人の娘たちにも腹が立つ。食後に立つキッチンは、シンクに山積みになった食器が拷問の道具に見えて、私にとってはまるで地獄だった。 50歳を過ぎたある日、台所に下げられた食器の中に、高校生の娘たちが食べかけた袋入りのお菓子があるのが目についた。いつもなら、「食べるならきちんと食べて袋は捨てなさい! 残すならきちんと袋は閉めて!」と張り上げるキンキン声を、なぜかその日はグッとのみ込んで、チョコレートがたっぷりコーティングされたクッキーを頬張った。
「うっ、うまい!」。とろけるような甘さと、サクッとしたクッキーの食感がたまらない。脳内で快楽物質がブシャーッと噴き出すような快感を覚えた。私は残りをあっという間に完食した。 その後の食器洗いの楽しいこと、楽しいこと。いつもは嫌で仕方がない家事がリズミカルに片づく。口の中に残る甘いチョコレートの風味が、昼間の夫との口喧嘩でため込んだストレスも、遊び呆けてばかりの娘たちへの不満も、洗い物の面倒くささも、みんな忘れさせてくれる。 ところが、その日に限って娘たちが「さっきのお菓子の残りは?」と、キッチンにやってきた。「いわゆる別腹ってやつ? また食べたくなって」って、そりゃないでしょう。「食べないと思ったから、中身はこの腹に処分して、袋は捨てちゃったわよ」と答えると、「え? まさかキッチンで立ち食い? 行儀ワル~。サイテー!」と罵られた。 おまけに、「年取ってからそんな食べ方すると、また血糖値が上がったり、シワが増えたりするんだから。われら若者とは違うんだよ」と痛いクギを刺されて、口の中のほの甘さは、一気に苦味へと変わった。 しかし、娘たちからのこの罵りが、むしろ私のむさぼり食いに火をつけた。隠れてコッソリ味わうというスリルがたまらないのだ。どんなに面倒な後片づけも、お菓子を張りながらだと楽しくできる。地獄のキッチンを天国に変えてくれるお菓子の立ち食い。
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