・脅された女性たちの動画を数万人が視聴
新型コロナウィルス感染症に関連するニュースが連日報じられる中、韓国でもう一つ非常に大きく報じられている事件がある。通称「n番部屋事件」と呼ばれるこの事件は、ツイッターなどインターネットを通じて日本でも情報が拡散し、韓国の文化を好む若者の間でも話題となっている。
事件の内容は凄惨としか言いようがない。舞台となったのはテレグラムというコミュニケーションアプリ。罠にかけられ、脅迫された女性たちのわいせつな動画が、この中で配信されていた。そしてその動画を何千、何万人が視聴していた。
被害者は警察が把握しているたけで少なくとも74人、未成年も10人以上含まれる。
女性たちの動画が配信される「部屋」は数十個存在し、有料の会員制。登録には25万ウォン〜155万ウォン(約2万2000円〜13万3000円)ほどかかり、高額になるほど過激な動画が配信される傾向があったようだ。
・登録者の情報公開を求め260万人以上が署名
3月17日、もっとも人気のあった「博士の部屋」を運営していた24歳の男を検挙したことが警察から発表され、その後、男の氏名がチョ・ジュビンであることも報道された。このほか14人の関係者が検挙されたと報道されている。
韓国では、二次被害の恐れや加害者の人権の観点から容疑者の氏名や顔写真は基本的に公表されないため、事件の首謀者や、n番部屋に登録していた会員の情報公開を求める請願が複数立ち上がっていた。芸能人らも協力を表明し、もっとも多い請願には260万人以上が署名した(3月24日時点)。
ムン大統領は3月23日に「残忍な行為」「会員全員の調査が必要」であるとコメントを発表。また、この事件がデジタル性犯罪事件に対する処罰強化など、新たな法整備につながる可能性があると報じられている。
・潜伏取材した記者「被害者は中学生ぐらいに見えた」
被害者の数が多いこと、そして被害者の動画を見ていた人が少なく見積もっても数万人に及ぶこと以上に人々を震撼させているのは、周到で悪質な手口だ。知識の少ない未成年を狙い罠にかけた計画的な手口が明らかになりつつある。
「n番部屋」に潜伏取材した記者は、記事の中で、配信された動画を見て「数日の間、悪夢に悩まされた」と書いている。性的なだけではなく、体を傷つけるなど猟奇的な動画も少なくなかったことがレポートされている。
・個人情報を引き出して脅す手口
被害者たちは「奴隷」として扱われていた。被害に遭った少女や女性たちが、大人や警察に知らせることができなかったのはなぜか。周到に口をふさがれていたからだ。
加害者らは、SNSに自分の画像をアップしている未成年に親しげなメッセージを送って信頼を得て、少しずつ個人情報や裸の画像を送らせていた。そしてその情報や動画を、被害者を操るために使った。
・さらに多くの未成年被害者がいる可能性
ラジオ番組のインタビューでは、被害者のひとりがその手口を語っている。彼女が被害に遭ったのは2018年、中学生のときだったという。インタビューの内容からは、言葉巧みに子どもを信用させる手口が浮かび上がる。
彼女は生活費を得るためにチャットアプリを使ったという。「お金を得るためにアプリを使った」という後ろめたさも、大人に相談できなかった理由の一つだろう。その心理を利用された。
また彼女は、警察が把握しているより多くの未成年の被害者がいると証言。「大人より未成年の被害者の方が多い?」という質問に「はい」と答えている。
さらに加害者たちは、一部の被害者を「加害者」にした。どういうことかというと、被害者に新たな「奴隷」を連れてこさせたり、他の被害者の動画を撮影させたのだ。被害者は命令に従うことで「奴隷」状態から解放されるが、余計に通報しづらくなる。
・加害者が使う「グルーミング」の手法とは
前述した記者による潜入レポートの中では、たびたび「グルーミング」という言葉が登場する。
ここでの「グルーミング」は、加害者が被害者に狡猾に接近し、信頼や好感を得て心理的に支配したあとで行われる性犯罪のこと。韓国の法律事務所による用語解説では、「被害者本人が、性的に虐待されているという事実さえ認識できない恐ろしい犯罪」と紹介されている。
また、このように暴行や脅迫が伴わない性暴力は、被害者が性的同意年齢に達していた場合、法で裁くことができない。これは韓国でも日本でも同様。ちなみに、韓国の性的同意年齢は日本と同じ13歳で他国に比べて低い。
- 性的同意年齢……性行為の同意能力があるとみなされる年齢。
・グルーミングは対岸の火事ではない
「これがまさにグルーミング」「私たちがグルーミングしてやろう」といった言葉から推測されるのは、加害者たちが、これが被害者を陥れる罠だという自覚の元に性暴力を行っていることだ。おそらく、法に問われづらいことも心得ているのだろう。
日本では「グルーミング」という言葉はあまり一般的ではない。しかし、だからといって日本でこのような手口がないわけではない。
性暴力の被害者支援に携わる臨床心理士の齋藤梓さんは、「グルーミングはとても狡猾な方法。特にオンライングルーミングは日本でも本当に大きな問題となっている」と指摘する。
3月25日に公表された内閣府調査でも、SNSで子どもが性被害に遭っていることが指摘されている。
参考:性被害相談の2割が中学生以下「SNSに居場所求め被害に遭っている」 内閣府(毎日新聞)
性虐待についての日本の論文の中には、次のような記述がある。
このような手口が広まることは、加害者予備軍に知恵を与えることになるかもしれない。しかし手口が知られなければ、被害を被害と認識できないままの人もいるだろう。
グルーミングやオンライングルーミングは、特に子どもが狙われやすいことが指摘されている。そしてこれは対岸の火事ではない。
・請願で社会を変える韓国社会
それにしても、瞬く間に数百万人分の請願署名が複数立ち上がり、さらに法整備が示唆される韓国のスピードには驚く。その背景には、間違いなくここ数年の性暴力に対する女性たちからの声の大きさがある。
2016年の江南駅女性殺害事件(通り魔殺人)は、トイレで待ち伏せしていた加害者が男性を避けて女性を狙ったことや、「普段から女性に無視されていたから」と動機を語ったことから「ミソジニー(女性嫌悪)殺人」と言われ、フェミニズムが盛り上がるきっかけのひとつとなった。
あるいは、2018年夏に約7万人が参加した大規模デモは、盗撮事件がきっかけ。韓国では組織的な盗撮など盗撮事件が相次いでいたが、「女性が被害者となる盗撮では迅速な動きを見せていなかった警察が、女性から男性への盗撮事件のときだけすぐに逮捕した」というのがその理由だった。
声を上げて社会を変えることに慣れた韓国で、今後どのような動きがあるのかを注視したい。
※この記事は翻訳家の小山内園子さんらの協力を得て執筆しました。
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March 26, 2020 at 10:00AM
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