テイクアウトの料理だけをつくるレストランに厨房を貸し出す「ゴーストキッチン(ダークキッチン)」が増加している。ケータリングの注文に応えたり、街なかで食事を提供するフードトラックに食品を提供したり、惣菜パッケージを準備したりするゴーストキッチンの存在は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)においては外食業界のハブとして一般的なものになった。フードデリヴァリー大手のDeliverooは、ゴーストキッチンの数を2倍にする予定という。
だが、ゴーストキッチンの評判は芳しくない。スタッフに支払われる賃金が安く、労働環境が劣悪なことで悪名高いのだ。その多くが、狭苦しくて窓もないプレハブの建物で、冬は寒く夏は暑い。
ロンドン郊外のウッドグリーンにあるゴーストキッチンのスタートアップであるKarma Kitchenの建物は、一見してそこまで革新的には思えないかもしれない。工業団地の奥深くにあり、近くには国民保険サーヴィス(NHS)の検査・接触追跡センターや何本かの鉄道の線路があるような立地だからだ。
多くのゴーストキッチンの反面教師
ところが、建物の内側に入った印象はまったく異なり、内部は明るく開放感がある。床には上品なコーラルピンクのタイルが敷き詰められており、壁は心地よい気分になるようなラッピングで彩られている。
建物内に36あるキッチンには最高級の調理設備と換気設備があり、2週間ごとに点検が入る。キッチンで働く人たちの給料はロンドンの生活賃金に相当する額で、この施設を利用する企業の解約率は3%程度と低い。
「言ってみれば、いわゆるダークキッチンのことを揶揄しているような感じですね」と、ジニ・ニュートンは語る。「この事業を始めたとき、誰もわたしたちのことを知りませんでした。そこで、広く知られている“ダークキッチン”という言葉を使うことで、実際は関連性がないとしても、やっていることが人々に伝わるのではないかと思ったのです」
28歳のジニが、Karma Kitchenを姉のエクシーと共に創業したのは2018年のことだった。あらゆる規模の飲食店のためのスペースとしてスタートしたKarma Kitchenは、スタートアップから老舗のレストランチェーンまでさまざまな企業と協業している。
「わたしは14歳のときから料理人として働いており、汗が噴き出すような地下のキッチンで大声でわめく男たちと1日に15時間、日の光を見ずに働いていました。そうした状況の過酷さは、あらゆる人の想像を超えると思います」と、30歳のエクシーは言う。「そうした状況の“反面教師”としてKarma Kitchenは生まれました。これまでわたしが働いてきたどんなキッチンよりも、労働条件は優れていると思いますよ」
自分たちの経験が創業のアイデアに
Karma Kitchenのルーツは、ふたりで始めた別の事業にある。14年に立ち上げた企業向けケータリング会社のKarma Cansだ。
ふたりは当初、サステイナブルで健康的なランチをロンドンのクラーケンウェルにある自宅でつくっていた。ところが、事業規模を拡大したいと思ったときに、自分たちのニーズに合っていてちょうどいいサイズの手ごろなキッチンを見つけることが難しかったのである。こうして結局、1年で3カ所の仮店舗を転々とすることになったという。
「設備投資やさまざまな業務にすべての資金を使い果たし、廃業寸前まで追い込まれたのです」と、ジニは振り返る。「商品が悪かったわけではありません。資金の使い方を間違えたのです。そして、こうした間違いを犯しているのは自分たちだけではないと気付いたのです」
こうしてKarma Kitchenは、ゴーストキッチン業界を牽引する存在になった。20年夏には、シリーズAの投資ラウンドで2億5,200万ポンド(約380億7,000万円)を集めている。当初の目標額は、わずか300万ポンド(約4億5,300万円)だった。都市デヴェロッパーのVengrove Real Estate Managementが率いたこの資金調達は、Karma Kitchenが初年度に利益を出したという、スタートアップ界隈ではあまり聞いたことのない事実によって弾みがついた。
効率性と多様性に強み
Karma Kitchenの成功の中核をなす要素は効率性である。「ほとんどの飲食店には“売れる”時間帯があります」と、エクシーは説明する。
例えば、フードトラックなら午前中に調理しておきたいだろうし、テイクアウト専門店なら調理スペースが必要になるのは忙しい夜間だろう。そこでKarma Kitchenは朝と夜の二部制を採用しており、借り手はどちらかを選べるようになっている。清掃や管理などを担当する従業員はすべて共有なので、運営が大規模になるほど効率性は高まることになる。
もうひとつの特徴は、提供するサーヴィスの多様さだ。オプションとして、共有用キッチンで使う作業台からプライヴェートな空間まで用意することで、Karma Kitchenは、あらゆる規模の飲食事業に対応できる。
一般的に飲食業界では、空き店舗を借りて設備を揃えるには莫大な資金が必要になる。そのスペースが広すぎたり、設備の設置に何カ月もかかることもある。こうした業界に、Karma Kitchenは便利な代替案を提供しているわけだ。店を開きたい企業は、最初に問い合わせてから2週間で準備を整えられる。
「すべては飲食業における参入障壁を下げる取り組みです」と、エクシーは言う。「必要な広さに対して料金を支払い、失敗しても過度の痛手を負わないようにするわけです」とエクシーは説明する。
こうした多様性ゆえに、Karma Kitchenのキッチンをさまざまな飲食店が利用している。ファストフード大手のSam’s Chickenやハンバーガーチェーン大手のByronのような有名店のみならず、共有スペースを利用するスタートアップ、専用のキッチンを利用するまでに成長した「Atcha」のような小さな店まで多種多様だ。
Karma Kitchenは、自社をコワーキングスペース大手のWeWorkになぞらえる。その一方で、WeWorkのように“テック企業”とは見られたくないと考えている。「わたしたちはインフラ企業なのです」と、ジニは言う。
姉妹でスタートアップを立ち上げることには難しい面もあったという。「妹の顔に向かって缶いっぱいのヒヨコ豆を投げつけたこともあるんです」と、エクシーは言う。だが、それぞれの役割を決めたところで(ジニは営業責任者になり、エクシーは運営と戦略を担当している)、いい面が表に出てきた。「家族だから得られることのひとつが、信頼できることです」と、ジニは語る。おかげで多くの企業では重荷になるようなさまざまな手続きを省くことができる。
今後2年半で30カ所に進出
今回のパンデミックには、プラスとマイナスの両面があったという。「Karma Cansでは事業を丸ごと失いました」と、ジニは言う。「でも、Karma Kitchenを開業したら、ロンドンのほぼすべてのレストランから電話がかかってきたのです」
パンデミックの影響で、英国ではストリートフードやケータリングの店のみならず、飲食店を支える多くの企業までが廃業に追い込まれている。だが、テイクアウトの需要が急増したおかげで、Karma Kitchenは生き延びることができた。例えばウッドグリーンにある同社のスペースの契約率は、開業前の時点で60%に達している。
新たな資金調達ラウンドが近いうちに始まるKarma Kitchenでは、現時点で10カ所の施設が稼働している。今後2年半で30カ所の新設を予定しており、そこにはパリとアムステルダムも含まれる。
Karma Kitchenは、次の出店場所を決める際に「とにかく大量のデータを重視している」のだという。「ほとんどの都市において、食は間違いなく中核をなす文化です」と、ジニは言う。「どこにでもある産業であると言っていいでしょうね。だから苦労することはないと思います」
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からの記事と詳細 ( ゴーストキッチンの概念を変えた? 急成長する英国のスタートアップ - WIRED.jp )
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