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Thursday, September 10, 2020

大関貴景勝が“親方”の娘と婚約 相撲部屋のおかみさんとは?(Number Web) - Yahoo!ニュース

 9月場所を前に、大関貴景勝と、元二十山部屋師匠だった、故大関北天佑の次女・有希奈さんの婚約が発表された。相撲部屋に生まれ育った女性と現役大関との慶事は、コロナ禍に右往左往する角界にとって、つかのま頬を緩められる吉報でもあった。 【レア写真】2011年に「中学生横綱」になった“坊主頭”の貴景勝の写真を見る(全2枚)  思えば、昭和の時代は「相撲部屋に男児はいらぬ」といわれ、女児が生まれると万々歳。師匠の娘が将来有望な関取を婿とし、跡を継ぐ例が多々あった。一例として、元横綱の佐田の山(元出羽海、境川理事長)の岳父は第8代出羽海部屋師匠で、理事長も務めた元出羽ノ花だ。平成になってからは元横綱琴櫻の令嬢が、元関脇琴ノ若と結婚し、現在は”角界おしどり夫婦”として佐渡ヶ嶽部屋を引き継いでいる。

CA、女医、アナウンサー……

 かつては、旅館や料亭の娘(元横綱大鵬夫人、同北の湖夫人など)や花柳界の女性らが”相撲部屋のおかみさん”となる例も多かったというが、現在のおかみさんたちの前職は実に多岐にわたっている。元歌手の高田みづえさんは、当時人気大関だった若嶋津と結婚し、今や二所ノ関部屋のベテランおかみだ。そのほかにも元キャビンアテンダント、女医、プロレスラー、ラジオアナウンサー、エステティシャン、フラダンサーなど、結婚前にひとりの女性として職を持ちながら、関取と恋愛結婚し、それぞれに相撲部屋のおかみとして奮闘している。  46代横綱で”胸毛の朝潮”と呼ばれ、老若男女に人気を博した5代目高砂親方は、大関朝潮(当代高砂親方)水戸泉(現錦戸親方)、小錦らの人気力士を育てた名伯楽だった。  かつて、5代目高砂夫人の米川啓子さんにお話をうかがったことがある。昭和63年に、夫は現役師匠のまま急逝。未亡人となった夫人は次代に部屋を譲ると、東京の喧噪を離れた長野県の山中で、夫に瓜ふたつの甥と小さなちゃんこ鍋店を営んでいたのだった。

警察沙汰、女性とのトラブル処理、ケンカの仲裁……

 昭和50~60年代の、当時の高砂部屋の猛稽古は伝説的で、まだ星の輝いている明け方朝4時から稽古が始まり、最後の新弟子がちゃんこにありつくのは午後4時を過ぎるほど。60数名の力士を抱える大所帯だったという。 「辞めたり入ったりで何人いるか数え切れないのよ(笑)。当時のおかみさんって下働きのようなもの。相撲に関してはまったくわからないし、稽古場なんて見たこともないんですから」  口紅も塗らずに割烹着姿で、ちゃんこ番と一緒にちゃんこ作りをし、週に2回は河岸まで、大量の食材を買い出しに出掛ける生活。血気盛んな”荒くれ者”と、24時間365日、同じ屋根の下で暮らしていた。 「おかみって、謝るのも大事な仕事だったのよ。いや、細かいことはもう忘れちゃいましたけどね」と、天上に目を遣った。部屋を逃げ出した弟子を捜し回り、交番へ。酒に酔って暴れての警察沙汰や女性とのトラブル処理、ケンカの仲裁ーー。 「それこそ、うちの子たちがどこで誰に迷惑掛けているかわからないから、人を見ると、とにかく頭を下げていたわねぇ」  往時の苦労を想い出として、懐かしんでもいたものだった。  平成時代になり、時を経るに連れて、角界の門を叩く青少年たちの性質も”おとなしく”なってゆく。組織としての相撲協会や各部屋での規律も、今や一般社会以上に厳しい面もあるようだ。  令和の時代を迎えた今、相撲部屋の在り方も、ファンから求められる”力士像”も変化しつつある。

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September 10, 2020 at 03:08PM
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