国内外でホテル事業・都市開発事業などを展開しているアパグループ。1984年に第1号店としてアパホテル〈金沢片町〉を出店して以降、ホテル事業は37年連続で黒字を計上している。新型コロナウイルス感染症の拡大で宿泊需要が減り、客室の稼働率が著しく低下したなか、なぜアパホテルは宿泊客をつなぎ止めることができたのか。
その理由の1つに「顧客満足度」がある。アパグループの元谷一志社長兼CEOは「ホテル業界は古い業界なので『客室はかくあるべし』といった伝統や格式が残っており、そうしたホテルは(コロナ禍にあっても)変わらなかった。今まではそれで良かったのかもしれないが、例えば働き方が変わったらホテルの機能も変えないといけない。宿泊客のニーズに応えて進化し続けてきたのが、アパホテルが黒字を計上できた要因だと思っている」と話す。
開業から37年とはいえ、ホテル業界全体で見ればアパホテルはまだ新興の部類に入る。「老舗ではないからこそ、宿泊客のニーズに柔軟に対応できた。結果、それが顧客満足度向上につながった」と、元谷社長が自信を見せるアパホテルの取り組みを見ていこう。
元谷社長は、宿泊客のニーズに対応した例として、2016年10月開業のアパホテル〈広島駅前大橋〉から導入したシーリングライト(天井の照明)を挙げた。「今ではWi-Fi完備のホテルは珍しくないが、それまで宿泊客はベッドサイドの机にノートパソコンを置いて、有線接続で作業していた。ところがWi-Fiが利用できるようになると、宿泊客はベッドの上で作業するようになった。それならベッドの上で作業しやすいようにとシーリングライトを設置した」(元谷社長)
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稼働率100%の部屋
22年4月に開業したアパホテル〈なんば心斎橋東〉で採用した客室「SSコネクト(シングル・シングルコネクト)」も時代のニーズをくんだアイデアだ。これは隣り合うシングルルーム同士を必要に応じて行き来できるようにし、ツインルームのように使えるようにしたもの。テレビやシャワー、トイレも2つずつ使え、空調も分けられるなど、ツインルームより使い勝手がいい。
友人同士などで一緒に旅行はしてもプライベートは確保したい場合や、受験シーズンの親子利用などに期待しているという。「SSコネクトは、テレビで紹介されていた、最近は受験に親が付き添うという話に着想を得た」(元谷社長)
近年、日帰りできない場所にある大学などを受験する際に、受験会場に近いホテルに親子で宿泊するケースが増えている。しかし、ホテルのチェックイン・チェックアウトの手続きや食事の支度などは親がやってくれるので、子供は最後の追い込みに集中できる……とはならず、親が同じ部屋にいると気が散ってしまうのだという。元谷社長はそこに目を付けた。
また元谷社長は、家族の在り方の変化に伴いツインルームの使い勝手が悪くなったことにも言及した。「近年は一人暮らしや子供を持たない夫婦など世帯の在り方も多様化しており、ツインルームは週末に比べると平日の稼働率が低い。平日はツインルームもシングルルームの料金で提供していたが、それでは機会損失になる。SSコネクトならシングルルームとしてもツインルームとしても利用してもらえるので稼働率が安定する」(元谷社長)と、SSコネクトを採用した理由を説明する。
SSコネクトの効果もあって、アパホテル〈なんば心斎橋東〉のゴールデンウイーク中の稼働率は複数の日程で100%に達した。
元谷社長によれば、顧客満足度向上には宿泊客のニーズを常にキャッチアップすることに加え、飽きさせない工夫も不可欠だという。アパホテル〈なんば心斎橋東〉では、チェックイン手続きを大幅に簡素化できる「1秒チェックイン機」を導入したほか、チェックイン手続きを非接触でサポートする「遠隔フロントシステム」や、ルームカードキーを投函するだけでチェックアウト手続きができる「エクスプレスチェックアウトポスト」なども設置した。
「新ホテルの開業に当たっては、必ず1つはイノベーションを取り入れている。アパホテルというブランドには、泊まるたびに新しい発見がある。それが顧客満足度向上につながる」と元谷社長は言う。
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月額約9万円のサブスク、収益は1億6500万円に
伝統や格式にとらわれないアパホテルの姿勢は、コロナ禍のサービス展開からも見て取れる。1回目の緊急事態宣言が発出された20年4月、全国のアパホテルの平均客室稼働率は30%にまで落ち込んだ。そこでアパホテルでは、翌5月10日〜6月30日の期間限定で、1室1泊2500円の「新型コロナウイルスに負けるなキャンペーン」を全店で展開。空室にしておくよりは、低料金でも稼働させたほうがいいのは言うまでもないものの、伝統や格式を重んじるホテルでは、こうした思い切った対策はとれないだろう。このキャンペーンで20年6月の稼働率は一気に72%まで上がったとのことだ。
また21年5月からは、月額9万9000円で全国150以上のアパホテルが泊まり放題になる「全国サブスクプラン」をスタート。当初は7月末で受け付け終了の予定だったが好評を受けて9月末まで延長した。最終的には1672件の申し込みがあり、収益は1億6500万円に上ったという。
「一泊3300円という非常に安い料金だが、ホテル側からすれば売り上げは増える。あるニーズを根こそぎ取りたいという考えで敢行した。サブスクの受け付けは終了したが、稼働率が下がったら再募集も検討している」(元谷社長)
アパホテルは業界の砕氷船
元谷社長が宿泊客のニーズに敏感なのは、現アパグループ会長であり、父親でもある元谷外志雄氏の教えによるものだ。
「父に言われた『情報感度が低い人間はビジネス感度も低い』という言葉が今も心に残っている。私自身は雑学が好きなので、情報の網を広く浅く張っている」と元谷社長は明かす。また元谷会長からは「ほかの業界の成功事例をホテル業界に置き換えてみろ。それが日本初、業界初かという観点で企画を立てろと。それが私には響いた」という。
そのアドバイスが形になったのは22年5月のこと。宿泊実績に応じて会員ステータスがアップする会員制度を開始した。年間20泊以上宿泊する利用者には「APA Stayers Club Card(アパステイヤーズクラブカード)」のインビテーションを送付。これは、JALやANAのマイレージクラブのホテル版だ。元谷社長は「ホテル業界でリピーターを増やす方法の1つとして参考にした。他社がやっていない取り組みだと思う」と胸を張る。
リピート率の高さもアパホテルの強みの1つだ。アパホテルに初めて宿泊したお客の約75%がおおむね1年以内に再度宿泊しているという。コロナ禍はホテル業界にとって大きな痛手となった。リピート客の存在はアパホテルにとって大きかっただろう。元谷社長は、コロナ禍が終息しても、外国人観光客が本格的に戻るのは24年以降とみている。「25年には大阪・関西万博(日本国際博覧会)もある。これは東京五輪よりも需要としては大きくなる」(元谷社長)
常に他社がやらないことに目を向け、進化を続けていくアパホテル。そこから生まれる新しい体験が宿泊客の満足度を高め、また宿泊しようという気持ちにさせている。
「アパホテルは業界の砕氷船。アパホテルが氷を砕いて進むと『アパホテルが新しいホテルでこんなことをやっている』と、他のホテルが付いてくる。真似されるが、先行者メリットが取れるから、うちはそれで構わない」と元谷社長は自信を見せた。
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