カルトムービーの話題で盛り上がった組長との面接
ヒロシが所属する轟雷組(ごうらいぐみ)は、歌舞伎町のはずれにある3階建ての古いビルを拠点にしていた。熊林組のような看板はなく、鉄格子がはめられたドアの横に申し訳程度の小さな表札が掲げられているだけで、俺が予想していた組事務所とはかなり様子が違った。
建物の2階にある組長室で、ヒロシのイントロダクションから面接が始まった。
「こいつが例のガイジンです」
「お初にお目にかかります。トミーと申します」
虎の毛皮を敷いた椅子にふんぞり返り、腕組みしたまま俺のことをジロリと一瞥(いちべつ)して、組長の児玉(こだま)が言った。
「アメリカ人っていうから、牛みてえにでっけえヤツ想像してたけど、なんだかヒョロヒョロだな……。背、なんぼあんだ?」
「……スミマセン、なんですか?」
「身長だよ、背の高さが何センチかって聞いてんだ」とヒロシ。
「182センチです。体重は61キロ」
「ほお」
うなずくと児玉が身を乗り出してあらためて俺の顔を覗き込んだ。
「おめえ、誰かに似てんな……」
それまで、アメリカのアニメキャラのスポンジ・ボブだとかスイカ畑のカカシに似てると言われたことはあるが、人間に似ていると言われたことはなかった。
「?…………」
キョトンとしている俺を指差して児玉がもどかしそうに言った。
「アメリカのコメディ俳優のほら、アイツ……なんだっけかな」
「ベン・スティラーですか?」
「ノーノー!」
ヒロシが「ジム・キャリー」と言いかけたが「そんなわけねえか」とすぐに撤回した。
「ああ、思い出した!」児玉がなにか大発見でもしたように、またもや俺を指差した。
「ナポレオン・ダイナマイトに出てたアイツだ」
俺は思わず「What!?」と聞き返した。
『ナポレオン・ダイナマイト』〔編集部注:邦題『バス男』。あまりにもダサいとの悪評からのちにオリジナルのタイトルに戻された〕は、アメリカで制作されたまったくイケてない男子高校生の青春を描いたカルトムービーで、マニアの間ではそこそこ人気が出たが、まさか日本人のヤクザの親分が知っていようとは夢にも思ってなかったので俺は心底おったまげた。
目を丸くする俺に、児玉がしたり顔で言った。
「おまえ、頭は金髪のくるくるパーマだしよう、銀縁の眼鏡かけたらあの映画の主役にそっくりじゃねえか。ちょっと歯ァ見せてみろ……歯だ歯、スマイル」
俺は吠え猿みたいに思い切り歯をむき出して児玉に見せてやった。これまで妹に何発か殴られた以外、喧嘩もしたことがないので全部揃っている。
「なんだよ、出っ歯だったらもっと似てたのになあ」
残念そうにそう言って周りの人間に「なあ?」と同意を求めたが、ヒロシを含めてうなずくものは誰一人としていなかった。
もし、ここでみんながあの映画のことを知っていたら、俺はおそらく「ナポレオン」とか「ダイナマイト」というあだ名を頂戴することになっていたはずだ。
「まあ、しかし、歯だけは立派な歯してるよ。溶けてもねえし」と児玉が続けた。
「溶ける?」と俺。
「シンナーとかシャブやってるヤツは歯が溶けちまってんだよ」
「オー、メスマウスのことですね」
「メスマウス? メスネズミ……ああミニーマウスのことか」
「ノーノー。違います」
俺はヒロシにジャンキー(麻薬常用者)はたいてい歯がボロボロになっているので、それをアメリカではメスマウス(Meth mouth)と呼ぶのだと説明した。
ヒロシの通訳にうなずいて児玉が言った。
「ほお、さすがに学があるなあ……おまえ、留学生なんだって?」
「はい。しかしまだ、学校には行っていません」
「なんだ、そうなのか。俺なんか大学20年は行ったぞ。府中で10年、網走で10年」
組長のそのひと言で、俺たちの様子を興味深げに見ていた取り巻きの連中が大げさに肩を揺らして一斉に「ガハハ」と笑った。
意味がわからずキョトンとしている俺に、ヒロシが、ヤクザは刑務所のことを「大学」と呼ぶのだと教えてくれた。あとから聞いたが、刑務所ではいろんなことが学べるからそう呼ぶらしい。
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