テレワークの普及や、YouTuber/VTuber、プロゲーマーによる動画配信が一般的になった昨今、注目されているのが「防音環境」だ。自分の発する声が近所迷惑になったり、会議や配信中に外の救急車の音が聞こえて慌ててミュートしたりと、音に関する悩みが増えている。
究極の問題解決策は“家に防音室を作る”になるだろうが、手間や費用の面からも困難な人が多い。そんな中で注目されているのが、“部屋の中に置く”ブース型の防音室。これも決して安いものではないが、最近は10万円程度で購入できる防音ブースも登場するなど、製品数も増加し、気になっている人も多いうだろう。ただ、購入するとなると知りたいのが「どのくらい静かになるのか?」という点。
ブース型防音室の定番と言っていい「アビテックス」シリーズなどを手掛けるヤマハにお邪魔し、実際に効果を体験。担当の大山和菜さんに、導入する際のポイントなどを聞いてみた。
0.8畳から4.3畳までを用意する定番防音室「セフィーネNS」
一口にブース型防音室と言っても、用途や性能などで違いがある。
大山和菜さん(以下大山さん):ヤマハの防音室ですが、大きく分けて「アビテックス」シリーズの2種類と、新商品である「DIY.M」(ダイム)があり、この3つが主なラインナップになっています。
その中の1つが「セフィーネNS」という組み立て式の防音室で、「ヤマハの防音室アビテックスシリーズといえばこれ」という定番モデルです。
購入者の自宅にパネルとフレームを運び入れた後、専門の認定作業員が組み立てをするモデルになっていまして、形が決まっていますから、0.8畳から4.3畳のラインナップの中から、部屋や用途に合うものを選んでいただきます。
一番小さい0.8畳は、ボーカルの方であったり、クラリネットやオーボエなど、まっすぐ立って楽器を演奏する方などに使われる事が多いです。少し広くした1.2~1.5畳の場合は、管楽器や弦楽器を演奏する方、そして最近ですと、配信やデスクを入れて録音するなどの用途にも活用されています。
大山さん:“ヤマハ”ということで、やはりピアノのお客様が今も昔も全体的に多くはなっているんですけれども、2畳からアップライトピアノ、3畳だとグランドピアノが入ってくるようなサイズになります。形が決まっているとは言えど大きさにはバリエーションがいろいろありますので、その中からお選びいただけるようになっています。
防音室で気になるのが防音の性能だ。アビテックスシリーズでは、「Dr-35」「Dr-40」の2種類を展開しているが、この単位はどういったものなのだろう。
大山さん:「Dr-○○」という値は、遮音性能の等級を表します。例えば、Dr-35であれば、500Hz帯で原音を35dB低減(遮音)します。Dr-40であれば、40dB低減(遮音)します。
使う用途や周囲の環境、時間帯のほか、演奏者がプロなのか、趣味でやられているのか、などのポイントで製品を選定し、実際にショールームや店頭で体験したうえで購入する方が多いです。
一般的に、低い音は防音するのが難しいとされていますが、125Hz帯のところで、Dr-35では22~23dBぐらい、Dr-40になると30dB程度抑えられるようになります。高音域もDr-40の方が5dB以上しっかりと抑えられるので、聴感上でもけっこう違ってきます。
「Dr-○○」という表記はJIS規格で決まっているもので、基準に対して各周波数帯5点を全部クリアすることで、Dr-35やDr-40といった表記ができるようになります。アビテックスシリーズでは周波数帯によって、基準の付近でクリアしている帯域のほかに大きくクリアしてるような帯域もあります。ですが、あくまでこれは防音室の単体の性能です。
ヤマハの防音室は、屋外とかに独立して置くものではなく、設置する部屋の壁や、建物の外壁が持っている遮音の性能というのもプラスされてきますので、屋外や、マンションの隣の部屋に対しては、さらに防音室以上に防音性能が付加されていくというようなイメージになります。
Dr-35とDr-40の防音性の差は5dBと、数値上で見るとわずかな差のように感じるが、実際に聴いてみると、数値から想像していた以上に差が感じられるので、動画のフルートの音に注目してほしい。
なお、デシベルメーターを使用しているが、防音室の外側は、ビル空調が50dB前後ある環境での撮影になっている。
標準となっているDr-35は防音室の外だけでなく、さらに防音室がある部屋の外に出てみた。ここまで来るとフルートの音はかすかなものになっている。近所への騒音を抑えるという目的はこれだけでも達成できそうだ。
大山さん:セフィーネNSは組み立て式のため、既存の建物の壁を壊したり穴を空けるなどの工事は基本的に必要ないです。室内の例えば、照明器具とか換気扇の電源も、コンセントを挿すことで使えるようになりますから、賃貸の住宅、将来は引っ越しすることになるであろう社宅などにも設置可能というのが1つの強みになっています。
展示のセフィーネNSの中を見てみると、照明、換気扇のほか、中にはエアコンが設置されている展示もある。換気扇やエアコンの駆動音はどちらも配信的な視点ではノイズとなる要素だが、必須なのだろうか。
大山さん:換気扇は防音室には必須ですので、予め本体に付属していおります。気密性がかなり高いので、換気扇の使用と、使わない間はドア空けておいていただくことを推奨しています。
ドアの位置や、換気扇の位置は比較的フレキシブルに変えられるようになってますので、お客様のお部屋の状況に応じて一番いいものをチョイスしていただけるようになっております。
大山さん:標準で付属しているものですと、照明器具に関しても引っ掛けシーリングまでは付いているので、一緒にご注文頂くか、お手持ちで付けられるものがあれば、それを付けさせていただくこともあります。
オプションでは1.2畳以上のサイズは、エアコンが設置できます。普通の壁掛けのルームエアコンがつきます。お部屋の環境の問題で付けられないということもあるので、その辺は販売店の方で御相談を承っています。
0.5畳から30畳まで対応可能な自由設計の防音室
ここまでブース型のセフィーネNSについて説明してもらったが、最初にアビテックスシリーズは2種類あると説明されていた。このもう一つの方はどのようなものだろう。
大山さん:同じくアビテックスという名称が付く商品では、自由設計の「フリー」というものがあります。これは部屋の中に、防音構造を持たせた床・壁・天井からなる部屋をオーダーサイズで作る商品です。
大山さん:例えば、内装を普通の部屋のようにして、フローリングや壁紙などインテリアにこだわりたいという方ですとか、グランドピアノも置きたいけれど、ソファーなども置いてホームシアターっぽくしたいなど、そういった広いお部屋を作りたい方、大きな窓を付けて開放的な空間にしたいといった要望にも対応できます。ブース型の窓は埋め込みのフィックス窓ですが、こちらは開閉できる大きな窓が付けられるのが特徴です。
元の部屋の形が、柱が角にあったり、梁があったりするといったところも対応できるので、より柔軟性の高い商品になっています。
自由設計ということは、やはり注文するタイミングは新築やリフォームなのだろうか。
大山さん:新築やリフォームのタイミングでショールームをご覧いただくこともありますが、「今住んでいる部屋に、グランドピアノを新しく買うので防音室を作りたい」といった場合もあります。
部屋の中に部屋を作るため、前述の定型タイプよりも工数は多くなりますから、タイミング的という意味では、新築・リフォームをきっかけにという方が多いのは事実ですね。
大山さん:サイズは0.5畳から30畳まで対応できます。配信などの用途では、そこまでの広さは求められないと思いますが、より快適な空間で広々と楽器を演奏したいとか、作業をしたいなどの場合に選択される方がいらっしゃいます。
セフィーネNSとの大きな違いとしましては、例えばセフィーネNSは引っ越し先に解体して持っていくということができますが、フリーは部屋の形に合わせて作るものなので、基本的に移設することは想定していません。ですから賃貸ではなく、分譲のマンションや戸建てに導入される方が多いです。
遮音性能はDr-40、Dr-35に加え、もうワングレード低いDr-30も用意しています。同じグレードのものであれば、セフィーネNSもフリーも同じ防音性能になりますので、賃貸や分譲、必要とされる広さなどに応じて選んでいただいています。
ユーザー組み立て型の簡易防音室「DIY.M」。約0.5畳で約38万円
次に新しく登場した「DIY.M」についても説明してもらった。アビテックスと比較して簡易的になっているようだが、どのような違いがあるのだろう。
大山さん:これまでの主力製品がアビテックスシリーズであるのに対し、今年1月に新商品となる「DIY.M」を販売開始しました。これまでのアビテックスシリーズは、認定の施工店が組み立て設置をしていましたが、DIY.Mは購入者自身で組み立てができる簡易型の防音室です。
大山さん:サイズは0.5畳サイズのワンサイズで、パネル一式が段ボールに入った状態で自宅に届きますので、1時間半くらいで組み立てができます。
その分、防音の性能も必要十分なところを狙って作ってまして、性能としてはDrでは表記していないのですが、500Hz帯で-31dBするというような遮音の性能となっております。
大山さん:楽器であればフルート、オーボエなど少し音量が小さくて、楽器の大きさ自体も小さいものですとか、あとはテレワーク、歌は人によって声量が違うと思うのですけれども、ナレーションを撮るとか、そういったご用途に適したものとなっております。
セルフビルドということと遮音性能も必要十分なところを狙って作っているので、価格帯的もかなり抑えています。
例えば一番サイズの近い組み立て式セフィーネNS・0.8畳が77万円なのですが、DIY.Mは37万9,500円ということで、大体半額近くまでぐっと価格を抑えられます。これまで「防音室になかなか手が出ませんでした」といった方にもチャレンジしていただきやすい商品ということで、新しく発売をさせていただいております。
サイズとしては、ノートパソコン程度であれば置いて作業できる程度の浅めのデスクが一応置ける、といった感じです。
ヤマハの防音室シリーズの中ではお手頃な「DIY.M」だが、個人で組み立てできる防音室、防音ブースという製品は、10万円前後の似たような製品も続々と登場している。そういった製品との違い、ヤマハならではの特徴は何かあるのだろうか。
大山さん:弊社は楽器メーカーであり、また防音室のサービスを長年続けてまいりました。そこを通じて培ったノウハウや防音性能を高める構造が我々の強みだと思います。またオプションのパネルを使い、“音の響きのカスタマイズ”できるところも特徴です。
“音の響き”をコントロールする調音パネル
「音の響きのカスタマイズ」というワードが出てきたが、ヤマハでは、防音室と同時に調音パネルも用意されている。DIY.Mはスポンジ状の簡易的なパネルだが、セフィーネNSや自由設計の防音室には独自のパネルが使われている。このパネルには、どのような効果があるのだろうか。
大山さん:弊社は、音の響きには昔からこだわって作っております。例えば、セフィーネNSで取り入れているパネルには、パネルの中央部分に吸音材を入れて音場を調整するようになっています。
好みでカスタムをしていただくことも可能で、より幅広い音楽ないしは、声を出す用途などに対応できるように作られているという部分も、我々の防音室のポイントだと思っています。
音の響きを表す指標として“吸音率”というものがあります。楽器によって推奨の吸音率が異なっているのですが、例えば、ボーカルの場合だと、吸音しすぎないライブな響きの方が良いとされています。吸音し過ぎてしまうと、自分の声を張り上げなければいけませんから、喉を傷めてしまう恐れもあります。
大山さん:逆に、打楽器やDTMなど低音感を重視するようであれば、響いてしまうとよくないので、吸音率を高めにします。
吸音率は0から1の間で、1に近づくほど吸音するのですが、大体0.2から0.3くらいが複合的な用途で使いやすいとされています。ヤマハの調音パネルも、各周波数帯の吸音特性を0.2から0.3ぐらいの間に整えています。
防音の代表例に、グラスウールという素材があります。これはガラスの繊維を細かく圧縮したものですけれども、それだけで防音室の内側を仕上げてしまうと、高音域は非常に吸音してくれますが、低音を全然吸わないため、結果としてバランスが悪くなってしまうのです。合板で防音したとしても、高音域は全然吸わず、150Hz帯だけ少し吸うといったように素材の得手不得手があるわけです。
調音パネルは、部屋が心地よい響きになるように設計されたパネルです。セフィーネNSにも調音パネルと同じような機構のものが使われています。
ゲーム配信で防音室需要増。購入検討時は事前に体験を
配信をきっかけに一般的にも注目されるようになってきた防音室だが、もともとは楽器演奏者のための製品だ。コロナ禍の在宅需要で客層の変化などはあったのだろうか。
大山さん:防音室の用途は、楽器の利用が圧倒的に多いですね。音楽家さんはもちろん、自宅でピアノのレッスンを行なっている先生という場合もありますし、音大を目指されるお嬢さんやご子息さんがいらっしゃる家庭から需要を頂きます。
ただ、コロナ禍で在宅の時間が増えたことで、防音のニーズが高まりました。
元々は、家の中で大きな音を出しても近所に迷惑にならないように、という目的だったのですが、外の音が中に入ってこないようにしたい、という目的で防音室を選ばれる方も増えました。例えば、宅録やゲーム配信といった用途がそれです。とくにゲーム配信は、コロナ禍で非常に需要が大きくなりました。
防音室をテレワークに利用する方も、3年前に比べると増えましたね。この場合は、楽器の演奏もするし、テレワークでも使いたい、といった複合的な使い方をされているようです
コロナ禍以前もYouTubeにおける配信のニーズはあったはずだが、防音室が配信者から注目を集めたのはここ数年のように感じられる。何かきっかけはあったのだろうか。
大山さん:“歌ってみた”系の動画を配信されている方の中に、弊社の防音室のユーザーの方がいらっしゃったようですが、恥ずかしながら、当初は配信における防音室のニーズを把握できていませんでした。
その後、2020年くらいになって著名なストリーマの方々やゲーム配信者の方々の間で、防音室を導入することが多くなってきました。コミュニティと言いますか、配信者の横のつながりが非常に強いので、導入した方の話や紹介を通じて、連鎖的に広まった印象ですね。
配信の背景に、弊社の防音室が映っていたりとか、中には「家にヤマハの防音室を入れました」と動画で大きく紹介していただくなど、我々が依頼した訳ではないのですけれども、防音室を紹介・発信していただいた例もあります。
実際に配信をしている方と話をする機会もありまして、「配信環境を整えることが非常に重要」とおっしゃっていました。(セフィーネNSは)大きな工事が不要で、比較的導入しやすい商品ということで、コロナ禍以降、一番伸びた商品です。
ブース型と自由設計型では、やはり組み立てて設置できるブース型の方が手軽な印象がある。コロナ禍以前では注文数の割合などはどのようになっていたのだろうか。
大山さん:コロナ前は、セフィーネNSと自由設計のどちらかが飛び抜けて多いとか少ないということはありませんでした。
近年はセフィーネNSが数を伸ばしていまして、中でも小型の0.8畳や1.5畳タイプがコロナ禍が始まった当初は最も引き合いが多かったです。カラオケボックスやスタジオに行けなくなってしまい、管楽器などの練習ができる場所がなってしまったという声を聞きました。
直近は、もう少し広さのあるタイプも動き始めてきたような感じですね。
配信者の防音室としては、2.5畳の大きさをよく見かけるが、これにも理由があるのだろうか。
大山さん:2020年頃に元プロゲーマーの関優太さん(当時はStylishNoob名義)のインタビュー記事をウェブサイトに掲載しました。関さんが2.5畳タイプのユーザーで、それをきっかけに関さんのフォロワーの方や友人に広まり、2.5畳ないしはその前後のサイズが人気を集めました。
配信をされている方は、マルチモニターやPCを2台使う方も多いので、2畳から3畳サイズが多い印象です。
テレワーク用途での防音を目的に導入した人はいるのだろうか。また、そういった場合はどのようなサイズを選ぶと良いのだろう。
大山さん:テレワークのためだけに導入される方はそんなに多くないので、「テレワーク向けにはこのサイズ」と一概に申し上げるのは難しいですね。例えば、仕事にも使いたい、使う楽器はフルートです、というような方は1.2畳、1.5畳を選んで、デスクを置いて使うよいと思いますね。
もう1つ気になるのが、防音室を導入する部屋の大きさだ。セフィーネNSを導入する場合、どれくらいの余裕が必要になるのか。また、適した設置場所はあるのだろうか。
大山さん:畳数で表すのは難しいですが、防音室はサイズの外径が決まっていますので、部屋は外径より大きくなければなりません。また、防音室を部屋の壁にピッタリ付けてしまうと、壁伝いに音が漏れてしまいます。音は振動ですから、壁から少し離して設置する必要もあります。防音室用にエアコンを付けるか否かでも違ってきますが、最低50mmぐらい離しておく必要があります。
また、タワーマンションなどの天井には、梁がある場合があります。干渉してしまうと、梁をよける必要があります。なので、広さが十分確保できても、梁の関係で入らない、といったことは時々ありますね。
戸建ての場合、セフィーネNSを2階に設置してピアノも入れたいといった場合も考えられますが、ピアノの振動が1階に響きやすくなるため、床を厚くするオプションが必要です。
DIY.Mは80kgぐらいなので問題ありませんが、セフィーネNSになると400~500kgクラスになりますから、重量の関係で木造建築の2階以上に設置するのは、メーカーとしては推奨していません。仮に、木造の2階以上に設置する場合、新築であれば補強をするなど、ハウスメーカーや工務店に確認をとっていただくように案内しています。マンションの場合も重量の関係で、事前に防音室を設置する旨を伝えるとトラブルがないと思いますね。
法的なところで言うと、火災報知機等の設備がある場合は、引き込みをしなければならないケースがあります。自治体の消防や、マンション側の管理規定等で定められている場合がありますし、安全を考慮して、必ず確認をいただくよう案内しています。
最後に、防音室の導入を検討するにあたって、確認すべきことなどはあるだろうか。
大山さん:防音性能は、その感じ方にも個人差があります。また同じ楽器でも、音の大きさもプレイスタイルが異なりますから、購入を検討されている方には、必ず一度防音室を体験してもらうように案内しています。
パネルは工場で作られ、ヤマハの専門業者が組み立てます。店頭で体験していただいたものと基本的には同じものが自宅に届きますから、事前にしっかり体験していただくと、後は安心して導入いただけると思っています。
からの記事と詳細 ( 30万円台から“部屋に置く防音室”は静かになる? ヤマハで体験してみた - AV Watch )
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